最近のわたくし的メモ

慢性的に暇な状態が続いており、読書だけではとどまらず掲示板にも入り浸っている毎日。ネット上にも楽しく読めるテキストがたくさんおちています。まさに宝の山!


私物に小さな私色

先日、雑誌を買ったら付録にバックがついていました。トートバックです。大きさもデザインも好みだったので愛用しています。そのバックを持って外出した時、同じものを持っている人がいました。しかしその人のものは私が持っているものとは少し違っていて、上にジッパーがついていました。開きっぱなしの口を閉じられるように、彼女は自分で作り直したわけですね。その発想はなかった、ととても驚いたことを覚えています。基本的に買ったものは買ったままの形で使っていました。服をリメイクすることも、何かを加工することもありません。それはたぶん私が裁縫をするという感覚がなかったからだと思うのですが、そうか、気に入るように自分で直せばいいのかと、本当に目からうろこでした。それ以来、大したことはありませんが、シンプルなファイルにシールを貼ったり、ハンカチの隅に刺繍をしたりして、私色を出すようにしています。ゼロから作ることは難しくても、ちょっとの加工なら頑張れば何とかなると知りました。布製のブックカバーには、小さなワッペンを付けてみました。自己満足と言ってしまえばそれまでですが、自分が使うものですから、自分が満足していることが一番ですよね。小さな手作業、楽しんでいます。

再燃マイブーム到来中

昔夢中になった作品に、時間をおいてまた夢中になる……マイブームの復活が、私は定期的にあります。たいていの本は一度ブームが終わったときに手放してしまっているので、ブームが復活したときに再購入し、その後は捨てずにとっておいています。二度あることは三度ある、なんてことわざもありますし、それは当たっているのです。今はそんな再燃マイブームの最中で、はまっているのは十年以上昔の古い漫画です。ああ、懐かしいねって同年代なら言われるけれど、若い人は知っているかなあという本です。これ、連載読んでたんですというと、あっさり年齢がばれてしまいますね。この再燃マイブーム、本を買い直したりするのでお金はかかってしまうのですが、嫌いじゃないです。昔も今も変わらない自分を発見できて、それがとても楽しいのです。変わらないねと言われると成長していないようにも感じますが、好みがぶれていないのかなという気持ちもするんですよね。好きなものはずっと好き。それでいい、それがいいと、私は思います。そしてそんなに長いこと好きでいられる作品に出会えたことに、大きな幸せを感じます。登場人物がみんな年下になってしまっていることは、ちょっと悲しいですけれども。

心にお気に入りを住まわせる

学生時代に古文の授業で、いくつかの文章を暗記しました。百人一首の中の数種や、春はあけぼのではじまる枕草子の一節などです。それらは日常で使うことは当然ない言葉なのに、今でも私の頭に残っています。数学の公式も、化学の化学式も忘れてしまったのに、不思議なものです。覚えたものが数字ではなく日本語だから残りやすかっただけかもしれません。知っていたからと言って称賛されるほどの知識でもありませんが、内心、私はこれを覚えていることをとても偉いと思っています。自分で、です。うまく説明できないのですが、その文章を覚えているということが、嬉しいのです。それはお気に入りの小説の一節、漫画の台詞を覚えていることに似ています。まるで秘密を隠し持っているような、そんな気持ち。本はどんどん新刊が出てきて、だから今は古いものを読み返す回数は多くはありません。したがって、文章を暗記するほどに読み込むこともありません。でも本当は、大事な本だけを繰り返し読んでいたい気もしているのです。自分のお気に入りを、心に住まわせるって最高ではないですか。知識としての読書も必要で、どうしてもそちらに時間を割きがちですが、いつかは、特別な本を、暗記するほどじっくり読んでみたいと思っています。

服と靴下を貰いました

急に思い立ったのか、母が今着なくなった服を処分しています。よかれと思って買った物も、数年もたてば古くなったり、好みが変わったりしますもんね。母の分と父の分を片付けているので、部屋の中がぐっちゃぐちゃです。その部屋に時々呼ばれます。「この靴下、まだはけるけどきついからあげる」とか「これ仕事着にしたら」とか、服がまわってくるんですよ。服が汚れることも多々ある職場、基本は清潔なものを着ていればいいというレベルなので、こういった差しいれはとてもありがたいです。似合わなくても着れればいいんですよ、どうせすぐぼろぼろになってしまうから。会社の人もみんなそんな感じなので、とくになにも言いませんしね。母は、本棚の整理をするときもこんな感じです。ときおり私を呼び出して「この本読む?」とか聞いています。母はサスペンスが大好きで、私はちょっと苦手なので大抵は「読まない」で終わってしまうんですけどね。逆に、私が本の整理をするときは一人黙々としています。どうせ母と趣味が合わないことはわかっていますし、勧めても読まないこともわかっていますから。それにしても、もらった服と靴下、どこに入れましょうね。狭い部屋は本をメインに収納しているので、洋服をしまうところがあまりないんですよねえ。

お気に入りに追加しました

ちょっと嫌なことがあったので、気分転換にと仕事の帰りに本屋に寄りました。そこで適当に本を眺めていたのですが、体が疲れすぎていたためか、どうも小説は読みたくない気分。それなら漫画をと、適当に4冊手にとりました。まあ適当にと言ってもまったくの勘ではないですよ。なんとなく聞いたことのある作家さんのものと、紹介文を読んで興味をひかれたものです。あとは今すぐは読まないだろうと思いながら、好きな作家さんの小説を1冊。ほくほくしながら帰宅して、すぐに漫画を……と思いきや。そうとう疲労度が高かったんでしょう。漫画を手に持ったまま、いつのまにか寝てしまったようで。「夕飯だよ」と起こされて、ああ寝てしまったと落胆しました。これじゃ夜が眠れなくて夜更かしして、明日も眠いという悪循環に陥ってしまうと。後悔先に立たずとはまさにこのこと。先人はよく言ったものです。しかしいくら悔いても時間は戻りませんので、夕食後にお風呂に入り、今度こそと漫画を読み始めました。あまり深く考えずに選んだわりには好みにヒットしていて、追いたい漫画家さんもできました。さて、これで嫌なことはすっかり忘れて、明日も仕事をがんばります。それでまた、この漫画家さんの本を買うつもりです。楽しみ!

風に揺れるぬいぐるみ

突然ですが、ぬいぐるみが喋ったら……なんて思ったこと、ありませんか? 私はあります。子どもの頃からぬいぐるみが大好きで、家にたくさんあったからです。例えば夜中に目を覚ましてしまい眠れない夜は、ぬいぐるみを抱いて過ごしました。寒い日は膝の上に置いて、一人で留守番のときは椅子に座らせて、具合の悪いときはぎゅうっと抱きしめて。いつだってぬいぐるみと一緒だったんです。だからぬいぐるみが動いてしゃべったらいいなあなんて、結構長い間思っていました。映画や本ではそういう話もあるのに、現実は……まあ無理な話ですよね。それより先に人間そっくりのロボットが出てくる方が早そうです。そっくりのものではないけれど、今だってロボットが活躍している場面はあるのですから。どうしてこんなことを言いだしたのかと言うと、うちにあるぬいぐるみを洗濯したからです。我が家では洗濯ネットに入れておしゃれ着洗いで洗ってしまいます。そして網に入ったまま洗濯物と一緒に吊るされます。なんか閉じ込められていてかわいそうな気もしますが、昔猫のぬいぐるみを耳でほしたらその方がかわいそうだったので。お話の中の動くぬいぐるみは一緒にお風呂に入ったのだけどなあと思いながら、青空の下に揺れるぬいぐるみを眺めていました。

片づけをしてときめくってどういうこと?

インターネットで調べ物をしていたらなぜか全然関係のない片付け本のページにヒットしてしまい、しかもその記事を読んでしまったものだから、急にその本を読みたくなりました。でも今月他の本も買っているし、衝動買いもなあと思って図書館のサイトで検索をかけたら。なんと、在庫の全てが貸し出し中か予約済みでした。過去に人気の本ではあったみたいですが、これほどとは……。でも買うのもなあとやっぱり思うので、まとめサイトを検索。読んだ気持ちになっています。収納本はときどき読んできましたが、片付けのための本は読んだことがありません。いつだったか、断捨離なんて言葉も流行りましたね。この本もそんな内容かと思いきや、一味違うとたくさんの人がレビューを書いていました。賛否両論あるのは売れた本の常、そこは自分で判断です。『人生がときめく片づけの魔法』という題名なので、これを実践したら今後の人生がときめくのかしらと思ってみたり。図書館で返却を待つか、いっそ買ってしまうか。でも本当に今月は本を買いすぎなので、悩みます。あ、そうだ、こういうときこそ電子書籍!って思ったけれど、だめだ、買うことにかわりはない……仕方がありません。もう少し様子を見ましょう。すぐに読みたいけれど、人生我慢も必要ですよね。

本が不安を和らげてくれました

近所にとても混雑する病院があります。個人医院なのですが名医と評判で、予約をしても待ち時間が長くなってしまう、そんなところです。めったに行く場所ではないのですが、どうしても行かなくてはならないときは、私は本を二冊持って行きます。一冊はたいてい今読んでいる読みかけのもの、もう一冊はそれが終わってしまったときの予備です。一冊を読み終えて次がなくても、病院の待合室からでは買いに出ることができませんからね。もちろん携帯電話でネット小説を読んでもいいけれど、なぜか私の中には「病院の待合室では紙の本」というイメージがあります。昔からそうして待ち時間を過ごして、育ってきたからでしょうか。小さい頃は用意されている絵本などを読んでいましたが、もう少し大きくなったときに本を持参するようになりました。小中学生の私にとって、病院にある絵本以外のもの、大人向けの雑誌などは、興味の対象外だったのです。お気に入りの本を読みながら座っていれば、体調不良も待ち時間の長さも、気にならないとは言えなくとも、何も持たないときよりは苦痛でなくなります。なんて単純な私と自分で思いますが、それだけ楽しいことがあるんだから、幸せだなあとも思っています。

猫がくれるらしいプレゼント

つい先日人に聞いたのですが、飼い猫は時折、飼い主にとんでもないプレゼントをくれるそうですね。その方の家の子の場合は、頭のとれた虫の死体だと言っていました。猫が何かを咥えて寄って来るので、あらあらどうしたのと見ると、口からぽとりと落としもの。それを見やれば……驚きのプレゼントです。怒っちゃだめなのよ。怒ると、もっと凄いものを持ってこなくちゃだめなんだって思って違うものを持って来るから。ああ良く捕れたねえって褒めてあげて、ほうきではいてゴミ箱にポイ。とんでもないプレゼントだけど、猫は飼い主を喜ばせようとしているからね。悪意はないの。へえ、そうなんだ。虫の苦手な私には、猫を飼うことなんてできそうにないと思いました。私の好きな漫画家さんにはなぜか猫を飼っている方が多いようなんですが、大変でしょうねえ。しかもおひとりでたくさん飼われている方が多数なんですよね。一匹だけだとさみしいのかしら。でも見方を変えれば、猫はとてもがんばりやさんということですね。だって、飼い主が喜ぶまでプレゼントを送り続けるということでしょう? 諦めないところがすごいなあと、猫を飼ったことのない私はただただあの小さな生き物を尊敬します。聞いた話と想像なので、実際は違うのよ……ってことだったら、ごめんなさい。先に謝っちゃいます。

風邪をひいた猫

猫が風邪をひきました。最初はちょっとくしゃみをしているだけだったのに、数日経ったら、くしゃみが止まらなくなるほど。心配になってかかりつけの動物病院に連れて行きました。注射をしてもらい、飲み薬をもらってきたのですが、家に帰った猫は一言も鳴かなくなってしまったのです。今までうるさいほど鳴いていたのに、口を開けても声が出ません。喉を傷めてしまったのでしょうか。心配でしたが少し様子を見ることに。
翌日も鳴き声は出ません。エサも食べません。薬もエサと混ぜて出しても一口も食べてくれません。水を飲んだら吐いてしまいました。寒いのではないかと、温かい場所に抱きかかえて置いてあげても、少し経つと部屋の片隅に移動してしまいます。熱があったのかもしれません。くしゃみは減ったものの、今度はのどが苦しそうでした。
あれほど暴れていた猫が、ほとんど動かずじっとしている姿を見るのはせつないものです。エサを食べてくれないので、もう一度病院に。熱もあり、重症だと言われてしまいました。点滴で栄養を補ってもらい、帰ったばかりは興奮していたのか、鳴き声をあげていました。数日ぶりに聞く鳴き声です。それだけでうれしくなりました。
言葉が分からない動物の思いを汲みとるのは大変なもの。猫も人間と同じように予防が大切のようです。猫に苦しい思いをさせないのも、飼い主の役目だと実感しています。